ウェブページ

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最近のトラックバック

Amazonウィジェット

無料ブログはココログ

« 台湾滞在初日 | トップページ | 台湾滞在記その2 »

2017年9月 1日 (金)

台湾滞在記

ご連絡が遅くなりましたが、昨日無事帰国しましたshine
もうちょっと早くブログを更新したかったのですが、
今回のことを真っ先に家族に報告しなくてはいけないなと思ったのと、
滞在中のことを頭で少しまとめるのに時間がかかったのです。

初日のことは前回のブログを見ていただくとして。

2日目は祖父の生まれ育った町、屏東に行きました。
初日のホテルは台北にあったので、そこから新幹線の駅に出て
新幹線で新左營駅まで2時間くらい。

Img_4177
ちなみに、乗り換え駅の新左營駅は構内にいろいろお店があって
和民とか、日本の飲食店も多いんだけど、セブンイレブンがあって
そこの店頭におでんがあったんだけどこれ、ちょっと面白かった。
ネタは日本とあまり変わらないけど、麺を入れるシステムになってるぽいの。

そのあと在来線だと思うんだけど特急的な感じの電車で
ようやく屏東へ。

出発前夜、のブログでも触れましたが、祖父の残してくれた土地の手続きや墓のお参りなど
どちらかというと里帰り、に近いのでしょうかね。
ここは本当にニュアンスを伝えるのが難しいんだけど、
祖父が台湾に残してくれたものを父が見たり、親戚たちに挨拶をしたり、
そういうことが主な1日になりました。

父の英語は、楽しく話す分には多分問題ないんだと思うのですが、
いささかブロークンすぎて、
叔父も英語が母国語ではないせいなのか、
めっちゃくちゃ街中を走ってる原付(台湾は原付が多い)がうるさくて
うまく聞こえないのか、結構トンチンカンなことも。
例えば、父が「サーティーイヤーズ」(30年)と伝えたとしても
叔父は「ahh, seventy years!!」(70年)とかなってたり。(笑)
ま、父が「とっても長い間」のニュアンスを伝えようとしている時は
あえて訂正はしなかったですけど。
(会話に割って入る方が失礼な時もあるし)
かと思えば、叔父がgoogle翻訳で台湾語→英語で入力したスマホを見せてくれて
読んだ父がさらに自分のスマホで英語→日本語に変換して。
これ、結構大変な誤訳というか意味が本当にちんぷんかんぷんになってるというか。
よく、二人は長いことやりとりしてこれたなと思って。
(笑)

私はあまり英語を話す環境にはいなかったから、自分の英語が通用するとは
思わなかったけど、
実際使ってみたらなんとかなったな、ていうのが素直な感想。

というわけで、この2日目の頃には、父も伝えたい大事なことは
先に私に話して、それを叔父に。
叔父も大事なことは私に英語で話して、私が父に、というような形になっていきました。
そこへ、叔父の兄妹の叔母が屏東から一緒に回ってくれたので、
父、50年前に覚えた台湾語を話す→叔父、叔母が台湾語で答える→父が私に教える
という会話。
叔母、私に話したいことを叔父に伝える(台湾語)→叔父英語で私に伝える→やりとりを最後に父に翻訳
みたいな、英語、台湾語、日本語がごちゃまぜな会話に。

初日こそ、ちゃんと英語で話をしていたような気がするんだけど、
そこへ台湾語を少し覚えようと努力したりしたもんだから、私の英語もちょっと
混乱してうまく言葉が出てこなくなったり。
(笑)

この日は、叔母とあって、昼食を食べ、
叔母の娘さんのお家に行き、(娘さんは私と同い歳で、英語でお話ができた!)
娘さんのとっても可愛い、どこか私の甥や姪に似た二人の子供に会い、
そしてそのあと、
祖父の残した広大な農地を見に行きました。
Img_4178
写真上が農地。下の二つは農地の周りの様子。
本当に大きな、とても肥沃な大地で、それを見た父が
もし俺がここで生まれて育っていたら、きっと俺は農家だったんだろうな。
そして、ギターを弾いていたんだろうなと。。

なんか、私にはその父のロマンみたいなもの、がよくわかってそれを
訳して叔父に伝えたかったんだけど、ちょっとこれは難しかったなあ。
父が言ったそのままを訳しても、叔父は「いや、あなたはもっと偉大になるだろう」
みたいな返事になっちゃって。

きっと、通訳、するだけなら機械でも簡単だと思う。
でも、その人が言いたいこと、伝えたいこと、を通訳するのは
言われたことそのままを訳してもダメなんだよね。
そんな風に思いました。
だから、今回、私が同行して一番役に立てたとしたら、
父の気持ちを伝える手伝いができたかなってことwink

そして、この後、先祖代々のお墓にお参りさせてもらいました。

とても信仰心の厚い、台湾では簡単に墓参りには行けないんだってことの意味が
よくわかりました。
お墓に関してのやりとりは、日本にいるときの父の一番の不明点でした。
どうして、とか、いつ、だとか、そういうことが質問しても曖昧な返事しか返ってこなくて、
それがわからなかった。
でもいろんな段取りを踏んで「ようやく」墓参りに行けたら理解できたというか。

途中でとったいろんな段取りは、文章にすると嘘くさいし、芝居がかって聞こえると思うから、
ここには書かないけど、
でも、そうして辿り着いたお墓に祖父の名前と、父の名前と孫一同、の文字が
掘られているのを実際目の当たりにすると
本当に感無量。
ここに来ることができて本当に良かったなと。
心から思いました。

この気持ちは、なかなか言葉にできないし、でも
大事なもので、私のこころの中にちゃんとしまっておきたいなと思います。

では長くなってきたのでここら辺でその2へ。

« 台湾滞在初日 | トップページ | 台湾滞在記その2 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/530379/65736592

この記事へのトラックバック一覧です: 台湾滞在記:

« 台湾滞在初日 | トップページ | 台湾滞在記その2 »